「東京タワー」の名称は完成直前の1958年(昭和33年)に開かれた審査会で決定。事前に名称を公募し、最終的には86,260通の応募が寄せられた。一番多かった名称は「昭和塔」で、続いて「日本塔」「平和塔」だった。他には、当時アメリカとソ連が人工衛星の打ち上げ競争をしていた事から「宇宙塔」、皇太子明仁親王(今上天皇)の成婚が近いという事で「プリンス塔」という応募名称もあった。しかし、名称の査会に参加した徳川夢声が推挙し、その結果「東京タワー」に決まった。なお、「東京タワー」での応募は223通(全体の0.26%)だった。“
— 東京タワー - Wikipedia (via cxx) (via pdl2h) (via yuco)
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