前回は英単語や英文法を学ぶ良書を紹介しました。
英単語と英文法は、リーディング、ライティング、リスニング、スピーキングの全ての土台となるものです。
紹介した本はどれもめちゃくちゃロングセラーのすばらしいものばかりなので、ぜひ読んでみてください。 さて、今日は日本人が英語を話す時に覚えておくとものすごく役立つポイントを紹介したいと思います。
僕は英語のスピーキングに関しては、何かいい本や教材をみつけて急にできるようになったと言うわけではありません。
少しずつ試行錯誤しながら身につけました。 言うまでもなくコミュニケーションの基本は、相手の言うことを正しく理解して自分の言いたいこと正しく伝えることです。
気のきいた表現を覚えたりしても、この基本ができていないと全く意味がありません。
それでは僕がとても大切だと思う日本人のスピーキングのポイントを説明します。 1.YesとNoは言わない これは意外と思った人もいるかもしれません。
しかし、英語に慣れるまではとにか"Yes"と"No"を封印した方が英会話力が格段に伸びます。
と言うのも、英語の"Yes"と"No"は日本語の「はい」と「いいえ」とは根本的に違う構造をしており、しかも、ここを間違えると自分の言うべきことの反対が伝わってしまうと言う致命的な誤解を生み出すからです。 また、日本語では何か話を聞くとき、特に上司やお客様のようなちょっと上の立場の人の話を聞く時は、「はい」「はい」といちいち相槌を打つ習慣がありますが、英語にはこのような習慣はありません。
だから、日本人は"Yes" "Yes"とよく連発しているのですが、これは非常に滑稽です。
この"Yes"=「はい」の間違った思い込みを脳みそから強制削除するためにも"Yes"は封印しましょう。 さて、"Yes"と"No"と「はい」と「いいえ」の違いを説明します。 「昨日、選挙に行かなかったのですか?」 と言う質問に対して、もしあなたが選挙に行っていなかったら答えは、 「はい、行きませんでした」 となります。
もし行っていたら、 「いいえ、行きましたよ」 が正しい答えです。
日本語の場合は文全体を見て、それが事実と同じか違うかを見るのです。 ところがこれが英語だと、 "Didn't you go to the election, yesterday?" と聞かれて、もし選挙に行っていなかったら、 "No, I didn't." となります。
逆に行っていたら、 "Yes, I did!" が正しい答えです。
日本語とまったく逆になるのです。
YesかNoかと言うコミュニケーションにおいて極めて基本的なことが、日本語と英語では真逆になってしまうのです。
これは英語では文全体ではなく、動詞にだけ注目するからです。
この場合は"go"に注目しますから、"I didn't go to the election."か"I went to the election."が返答するべき文になり「動詞」に対して否定か肯定かで"Yes"か"No"が決まるのです。 これは日本人には非常に困ったものです。
正反対の事実が時に相手に伝わってしまうからです。
しかし、こう言う誤解を避ける簡単な方法があります。
それは"Yes"も"No"を使わないと肝に銘じることです。 この場合は"I didn't."か"I did."と答えればいいのです。 "Don't you think Mr. Hatoyama is stupid?"
「鳩山って馬鹿だと思わない?」 "I think he is stupid."
「馬鹿だと思うよ」 "I don't think he is that stupid."
「それほど馬鹿だとは思わないよ」
"Didn't you talk to her?"
「彼女に話しかけなかったの?」 "I talked to her."
「話しかけたよ」 "I couldn't talk to her."
「話しかけられなかったんだ」
このように"Yes"と"No"を使わなくても、まったく困ることはありません。
英語では"Yes"と"No"は動詞に引っ付いているオマケみたいなものなのです。
この英語の構造が完全に身につくまでは"Yes"と"No"は封印しましょう。
2.命令形は使うな! 日本の教科書ではよく習うけど、実際にはほとんど使わないのが命令形です。
なぜ使わないかと言うと、人は日常生活で人に命令しないからです。
奴隷とご主人とか、軍隊で兵隊と指揮官みたいな関係ならいざ知らず、現代の民主主義の社会では命令形と言うのはケンカしている時ぐらいしか使いません。
また、現代人は大人になるとあからさまにケンカしません。
なぜなら大人はケンカすると訴えられたり、時には脅迫罪などで逮捕されたりするので、大人はケンカしなければいけない時こそ妙に丁寧な言葉遣いになったりするからです(笑)。
また、会社で自分が中間管理職の場合はパワハラやセクハラで訴えられかねません。 しかし、日常生活やビジネスで人に何かを依頼しないといけないことはよくあります。
こういう時に命令形を使うと大きな顰蹙を買います。
「お前何様のつもりなんだ」と思われてしまいます。
命令形を使ってはいけません。
日本の英語の教科書には"Please"をつければ丁寧だとか書いてありますが、そんなことはありません。
"Please"をつけても命令形はどぎつい表現になりがちです。
だったらなんと言えばいいかと言うと、なれないうちは馬鹿の一つ覚えみたいに依頼の場合は"Could you please 〜"を使ってください。 "Could you please send this letter to the office of the Democratic Party?"
「この手紙を民主党の事務所に送っておいてください」 "Could you please prepare your business plan by next week?"
「来週までにビジネスプランをまとめておいてください」 また、レストランで注文を伝えたりする時は馬鹿の一つ覚えのように"I would like 〜"を使ってください。 "I would like a piece of this chocolate cake."
「このチョコレートケーキをひとつください」 "Could you please 〜"と"I would like 〜"で何でも言えることが分かるでしょう。 もちろん、命令形の気のきいた言い回しはたくさんありますが、そう言うのは基本的な会話、つまり「相手の言っていることを理解して、こちらの意思を正しく伝える」と言うことが完全にできるようになってから覚えればいいことです。
3.数字の単位は丸暗記する 数字の数え方は丸暗記しておかないとダメです。
日本語と英語では単位の呼び方が違うので、覚えておかないといけません。
英語では3ケタごとに呼び名がありますが、日本語だと4ケタごとです。
これは日本人には非常に困ります。 英語の場合は、 1,000 -> thousand
1,000,000 -> million
1,000,000,000 -> billion
1,000,000,000,000 -> trillion となります。 しかし、日本語の場合は、 10,000 -> 万
100,000,000 -> 億
1,000,000,000,000 -> 兆 となります。 もうこれは完全に覚える他ありません。 10万 -> 100 thousands
百万 -> 1 million
10億 -> 1 billion
1兆 -> 1 trillion などと自分の仕事でよく使うケタを何回も練習して考えなくても変換できるようにしておいてください。
残りの4つのポイントに関しては次回へ
2009年9月7日月曜日
金融日記:日本人が英語をしゃべるときに気をつけるべき7つのポイント その1
金融日記:藤沢数希の英語本セレクション
移民とか海外移住のはなしをこの前ちょっこっと書いたので、今日は英語の本の話でもしましょうか。
英語は世界の共通語で、外国人同士が出会ったらとりあえず英語で会話することになっています。
世界の唯一のデフォルトの言葉です。
未来永劫この事は変わらないでしょう。 さて、英語のはなしです。
正直言って僕はもう何年も英語「の」勉強をしたことがありません。
しかし、毎日英語「で」仕事をしています。 もちろん僕は日本語が母国語で、英語は大人になってから後天的に身につけた外国語ですから、受験勉強等を通して最初は英語「を」勉強していたわけです。
はるか昔のことなのですが、その時とても役にたった本がいろいろありました。
このまえ本屋に行った時、そのどれもがまだ売られていることに気付きました。 やっぱり僕がいいと思ったものは他の人もいいと思っているんですね。
とんでもないロングセラーで本の後ろを見ると恐ろしいほどの刷数であることが分かります。
英文法の本 NEW・山口英文法講義の実況中継(上)、山口俊治
NEW・山口英文法講義の実況中継(下)、山口俊治僕が受験勉強していたときに読んだ本です。
大人になってから読んでも全くよくできています。 英語の構造は基本的にすべて: SV
SVC
SVO
SVOO
SVOC のうちどれかになっているわけですけど、日本人が苦手なのがSVOCです。
これは文の中にさらに別のO=Cの関係が入り込んでいるネクサス構造になっているのですが、この本はその辺が実に合理的に分かりやすく説明されていて目から鱗です。
英単語の本 DUO 3.0、鈴木陽一
DUO 3.0 / CD復習用
DUO 3.0 / CD基礎用ある程度英語ができるようになると、自分の好きな作家の原著を読んでみたり、仕事で英語のマニュアルをじっくり読んでみたり、趣味の英語のサイトを見たりして、楽しみながら英語力がついていきます。
ところがこの段階に達するまでが大変なのです。
とにかく何が何でも3000語程度の英単語を覚える必要があります。 僕は英単語に関してはこの本以上に効率のいいやり方を知りません。
この本のおかげで僕は数カ月の間に飛躍的に英単語力が上がって、辞書を引かずともかなりの英文を読むことができるようなりました。 この本のメソッドは極めてシンプルです。 As technology rapidly advances, it's tough to keep pace with it.
(技術は急速に進歩するので、遅れずについていくのは大変だ。) このようにひとつのセンテンスに覚えなければいけない単語をなるべくたくさん詰め込んでいるのです。
そして3000語程度を習得するのに、オーバーラップしない最小の数のセンテンスが選ばれています。
単語をひとつひとつ覚えるより、ひとつのセンテンスを覚えれば5個の英単語が自動的に覚えられるように設計されているのです。 本で手を動かしながら英単語を覚えて、さらにCDを聞いて耳でも英単語を覚えれば、かなり短期間に必要な語彙を習得することができます。
英作文の本 日本人の英語、マーク・ピーターセン
続・日本人の英語、マーク・ピーターセン僕はこの本を読んだ後にはじめて"a"と"the"を使いこなすことができるようになりました。
"a"と"the"は大学入試でも大した配点ではなくそのままスルーしている日本人が多いと思いますが、決して侮ってはいけません。
と言うのも"a"をつけるか"the"をつけるかで文の意味がかなり変わってしまうのです。
ここを適当にするとかなり意味不明の英文が出来あがります。 ビジネスの世界では英会話は多少発音がおかしくてもいいのですが、ちゃんと文章が書けないと馬鹿に見えるのです。
逆にいえば発音がよくなくても、しゃべる内容がすばらくて、明晰な文章が書ければ、外国人から見るととんでもなく教養のある人だと見られます。 小学生ぐらいのときに海外に住んでたことがある帰国子女の女性なんかに多いのですが、発音だけネイティブでしゃべり方が妙に子供っぽい人がいます。
この人たちはしゃべり方がネイティブの「小学生」にそっくりで会話の内容も全然なかったりします。
これはビジネスの世界では最悪です。
小学生といっしょに仕事をしているような気分になるのです。
もし英語が出来なければ沈黙しているだけで本当は頭がいい人なのかもしれないと勝手に思われたものを、英語が出来てしまったばかりに馬鹿であることが世界中にばれてしまうのです。
リスニングに関しては、僕は映画が好きだったのでDVDの英語字幕で勉強しました。
好きな映画を見ながら英語も勉強できて一石二鳥ですね。
それでは次回はスピーキングに関しておはなししようと思います。
徒然草 第百七十二段 - 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)
出典: 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)
現代語訳
若者は血の気が多く、心がモヤモヤしていて、何にでも発情する。危険な遊びを好み、いつ壊れてもおかしくないのは、転がっていく卵のようだ。綺麗な姉ちゃんに狂って、貯金を使い果たしたかと思えば、それも捨て、托鉢の真似事などをしだす。有り余った体力の捌け口に喧嘩ばかりして、プライドだけは高く、羨んだり、好んだり、気まぐれで、浮気ばかりしている。そして、性愛に溺れ、人情に脆い。好き勝手に人生を歩み、犬死にした英雄の伝説に憧れて、自分もギリギリの人生を送りたいと思うのだが、結局は、世の末まで恥ずべき汚点を残す。このように進路を誤るのは、若気の至りである。
一方、老人は、やる気がなく、気持ちも淡泊で細かいことを気にせず、いちいち動揺しない。心が平坦だから、意味の無い事もしない。健康に気を遣い、病院が大好きで、面倒な事に関わらないように注意している。年寄りの知恵が若造に秀でているのは、若造の見てくれが老人よりマシなのと同じである。
原文
若き時は、血気内に余り、心物に動きて、情欲多し。身を危めて、砕け易き事、珠を走らしむるに似たり。美麗を好みて宝を費し、これを捨てて苔の袂に窶れ、勇める心盛りにして、物と争ひ、心に恥ぢ羨み、好む所日々に定まらず、色に耽り、情にめで、行ひを潔くして、百年の身を誤り、命を失へる例願はしくして、身の全く、久しからん事をば思はず、好ける方に心ひきて、永き世語りともなる。身を誤つ事は、若き時のしわざなり。
老いぬる人は、精神衰へ、淡く疎かにして、感じ動く所なし。心自ら静かなれば、無益のわざを為さず、身を助けて愁なく、人の煩ひなからん事を思ふ。老いて、智の、若きにまされる事、若くして、かたちの、老いたるにまされるが如し。
2009年9月4日金曜日
夏目漱石 草枕
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい。
住みにくき世から、住みにくき煩(わずら)いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画(え)である。あるは音楽と彫刻である。こまかに云(い)えば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧(わ)く。着想を紙に落さぬとも鏘(きゅうそう)の音(おん)は胸裏(きょうり)に起(おこ)る。丹青(たんせい)は画架(がか)に向って塗抹(とまつ)せんでも五彩(ごさい)の絢爛(けんらん)は自(おのず)から心眼(しんがん)に映る。ただおのが住む世を、かく観(かん)じ得て、霊台方寸(れいだいほうすん)のカメラに澆季溷濁(ぎょうきこんだく)の俗界を清くうららかに収め得(う)れば足(た)る。この故に無声(むせい)の詩人には一句なく、無色(むしょく)の画家には尺
(せっけん)なきも、かく人世(じんせい)を観じ得るの点において、かく煩悩(ぼんのう)を解脱(げだつ)するの点において、かく清浄界(しょうじょうかい)に出入(しゅつにゅう)し得るの点において、またこの不同不二(ふどうふじ)の乾坤(けんこん)を建立(こんりゅう)し得るの点において、我利私慾(がりしよく)の覊絆(きはん)を掃蕩(そうとう)するの点において、——千金(せんきん)の子よりも、万乗(ばんじょう)の君よりも、あらゆる俗界の寵児(ちょうじ)よりも幸福である。
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐(かい)ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏(ひょうり)のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日(こんにち)はこう思うている。——喜びの深きとき憂(うれい)いよいよ深く、楽(たのし)みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片(かた)づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖(ふ)えれば寝(ね)る間(ま)も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支(ささ)えている。背中(せなか)には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽(あ)き足(た)らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……
余(よ)の考(かんがえ)がここまで漂流して来た時に、余の右足(うそく)は突然坐(すわ)りのわるい角石(かくいし)の端(はし)を踏み損(そ)くなった。平衡(へいこう)を保つために、すわやと前に飛び出した左足(さそく)が、仕損(しそん)じの埋(う)め合(あわ)せをすると共に、余の腰は具合よく方(ほう)三尺ほどな岩の上に卸(お)りた。肩にかけた絵の具箱が腋(わき)の下から躍(おど)り出しただけで、幸いと何(なん)の事もなかった。
立ち上がる時に向うを見ると、路(みち)から左の方にバケツを伏せたような峰が聳(そび)えている。杉か檜(ひのき)か分からないが根元(ねもと)から頂(いただ)きまでことごとく蒼黒(あおぐろ)い中に、山桜が薄赤くだんだらに棚引(たなび)いて、続(つ)ぎ目(め)が確(しか)と見えぬくらい靄(もや)が濃い。少し手前に禿山(はげやま)が一つ、群(ぐん)をぬきんでて眉(まゆ)に逼(せま)る。禿(は)げた側面は巨人の斧(おの)で削(けず)り去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底に埋(うず)めている。天辺(てっぺん)に一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえ判然(はっきり)している。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤い毛布(けっと)が動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶる難義(なんぎ)だ。
土をならすだけならさほど手間(てま)も入(い)るまいが、土の中には大きな石がある。土は平(たい)らにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩(ほりくず)した土の上に悠然(ゆうぜん)と峙(そばだ)って、吾らのために道を譲る景色(けしき)はない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。巌(いわ)のない所でさえ歩(あ)るきよくはない。左右が高くって、中心が窪(くぼ)んで、まるで一間幅(はば)を三角に穿(く)って、その頂点が真中(まんなか)を貫(つらぬ)いていると評してもよい。路を行くと云わんより川底を渉(わた)ると云う方が適当だ。固(もと)より急ぐ旅でないから、ぶらぶらと七曲(ななまが)りへかかる。
たちまち足の下で雲雀(ひばり)の声がし出した。谷を見下(みおろ)したが、どこで鳴いてるか影も形も見えぬ。ただ声だけが明らかに聞える。せっせと忙(せわ)しく、絶間(たえま)なく鳴いている。方幾里(ほういくり)の空気が一面に蚤(のみ)に刺されていたたまれないような気がする。あの鳥の鳴く音(ね)には瞬時の余裕もない。のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めた揚句(あげく)は、流れて雲に入(い)って、漂(ただよ)うているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡(うち)に残るのかも知れない。
巌角(いわかど)を鋭どく廻って、按摩(あんま)なら真逆様(まっさかさま)に落つるところを、際(きわ)どく右へ切れて、横に見下(みおろ)すと、菜(な)の花が一面に見える。雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、あの黄金(こがね)の原から飛び上がってくるのかと思った。次には落ちる雲雀と、上(あが)る雲雀(ひばり)が十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字に擦(す)れ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。
春は眠くなる。猫は鼠を捕(と)る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂(たましい)の居所(いどころ)さえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒(さ)める。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然(はんぜん)する。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。
たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけ暗誦(あんしょう)して見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。
We look before and after「前をみては、後(しり)えを見ては、物欲(ものほ)しと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極(きわ)みの歌に、悲しさの、極みの想(おもい)、籠(こも)るとぞ知れ」
And pine for what is not:
Our sincerest laughter
With some pain is fraught;
Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.
なるほどいくら詩人が幸福でも、あの雲雀のように思い切って、一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌う訳(わけ)には行くまい。西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よく万斛(ばんこく)の愁(うれい)などと云う字がある。詩人だから万斛で素人(しろうと)なら一合(ごう)で済むかも知れぬ。して見ると詩人は常の人よりも苦労性で、凡骨(ぼんこつ)の倍以上に神経が鋭敏なのかも知れん。超俗の喜びもあろうが、無量の悲(かなしみ)も多かろう。そんならば詩人になるのも考え物だ。
しばらくは路が平(たいら)で、右は雑木山(ぞうきやま)、左は菜の花の見つづけである。足の下に時々蒲公英(たんぽぽ)を踏みつける。鋸(のこぎり)のような葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色な珠(たま)を擁護している。菜の花に気をとられて、踏みつけたあとで、気の毒な事をしたと、振り向いて見ると、黄色な珠は依然として鋸のなかに鎮座(ちんざ)している。呑気(のんき)なものだ。また考えをつづける。
詩人に憂(うれい)はつきものかも知れないが、あの雲雀(ひばり)を聞く心持になれば微塵(みじん)の苦(く)もない。菜の花を見ても、ただうれしくて胸が躍(おど)るばかりだ。蒲公英もその通り、桜も——桜はいつか見えなくなった。こう山の中へ来て自然の景物(けいぶつ)に接すれば、見るものも聞くものも面白い。面白いだけで別段の苦しみも起らぬ。起るとすれば足が草臥(くたび)れて、旨(うま)いものが食べられぬくらいの事だろう。
しかし苦しみのないのはなぜだろう。ただこの景色を一幅(ぷく)の画(え)として観(み)、一巻(かん)の詩として読むからである。画(が)であり詩である以上は地面(じめん)を貰って、開拓する気にもならねば、鉄道をかけて一儲(ひともう)けする了見(りょうけん)も起らぬ。ただこの景色が——腹の足(た)しにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が景色としてのみ、余が心を楽ませつつあるから苦労も心配も伴(ともな)わぬのだろう。自然の力はここにおいて尊(たっ)とい。吾人の性情を瞬刻に陶冶(とうや)して醇乎(じゅんこ)として醇なる詩境に入らしむるのは自然である。
恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。しかし自身がその局(きょく)に当れば利害の旋風(つむじ)に捲(ま)き込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は眩(くら)んでしまう。したがってどこに詩があるか自身には解(げ)しかねる。
これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。三者の地位に立てばこそ芝居は観(み)て面白い。小説も見て面白い。芝居を見て面白い人も、小説を読んで面白い人も、自己の利害は棚(たな)へ上げている。見たり読んだりする間だけは詩人である。
それすら、普通の芝居や小説では人情を免(まぬ)かれぬ。苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。見るものもいつかその中に同化して苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。取柄(とりえ)は利慾が交(まじ)らぬと云う点に存(そん)するかも知れぬが、交らぬだけにその他の情緒(じょうしょ)は常よりは余計に活動するだろう。それが嫌(いや)だ。
苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通(しとお)して、飽々(あきあき)した。飽(あ)き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞(こぶ)するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界(じんかい)を離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。どこまでも世間を出る事が出来ぬのが彼らの特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるからいわゆる詩歌(しいか)の純粋なるものもこの境(きょう)を解脱(げだつ)する事を知らぬ。どこまでも同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、浮世(うきよ)の勧工場(かんこうば)にあるものだけで用を弁(べん)じている。いくら詩的になっても地面の上を馳(か)けてあるいて、銭(ぜに)の勘定を忘れるひまがない。シェレーが雲雀(ひばり)を聞いて嘆息したのも無理はない。
うれしい事に東洋の詩歌(しいか)はそこを解脱(げだつ)したのがある。採菊(きくをとる)東籬下(とうりのもと)、悠然(ゆうぜんとして)見南山(なんざんをみる)。ただそれぎりの裏(うち)に暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向うに隣りの娘が覗(のぞ)いてる訳でもなければ、南山(なんざん)に親友が奉職している次第でもない。超然と出世間的(しゅっせけんてき)に利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。独(ひとり)坐幽篁裏(ゆうこうのうちにざし)、弾琴(きんをだんじて)復長嘯(またちょうしょうす)、深林(しんりん)人不知(ひとしらず)、明月来(めいげつきたりて)相照(あいてらす)。ただ二十字のうちに優(ゆう)に別乾坤(べつけんこん)を建立(こんりゅう)している。この乾坤の功徳(くどく)は「不如帰(ほととぎす)」や「金色夜叉(こんじきやしゃ)」の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てた後(のち)に、すべてを忘却してぐっすり寝込むような功徳である。
二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間的の詩味は大切である。惜しい事に今の詩を作る人も、詩を読む人もみんな、西洋人にかぶれているから、わざわざ呑気(のんき)な扁舟(へんしゅう)を泛(うか)べてこの桃源(とうげん)に溯(さかのぼ)るものはないようだ。余は固(もと)より詩人を職業にしておらんから、王維(おうい)や淵明(えんめい)の境界(きょうがい)を今の世に布教(ふきょう)して広げようと云う心掛も何もない。ただ自分にはこう云う感興が演芸会よりも舞踏会よりも薬になるように思われる。ファウストよりも、ハムレットよりもありがたく考えられる。こうやって、ただ一人(ひとり)絵の具箱と三脚几(さんきゃくき)を担(かつ)いで春の山路(やまじ)をのそのそあるくのも全くこれがためである。淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしの間(ま)でも非人情(ひにんじょう)の天地に逍遥(しょうよう)したいからの願(ねがい)。一つの酔興(すいきょう)だ。
もちろん人間の一分子(いちぶんし)だから、いくら好きでも、非人情はそう長く続く訳(わけ)には行かぬ。淵明だって年(ねん)が年中(ねんじゅう)南山(なんざん)を見詰めていたのでもあるまいし、王維も好んで竹藪(たけやぶ)の中に蚊帳(かや)を釣らずに寝た男でもなかろう。やはり余った菊は花屋へ売りこかして、生(は)えた筍(たけのこ)は八百屋(やおや)へ払い下げたものと思う。こう云う余もその通り。いくら雲雀と菜の花が気に入ったって、山のなかへ野宿するほど非人情が募(つの)ってはおらん。こんな所でも人間に逢(あ)う。じんじん端折(ばしょ)りの頬冠(ほおかむ)りや、赤い腰巻(こしまき)の姉(あね)さんや、時には人間より顔の長い馬にまで逢う。百万本の檜(ひのき)に取り囲まれて、海面を抜く何百尺かの空気を呑(の)んだり吐いたりしても、人の臭(にお)いはなかなか取れない。それどころか、山を越えて落ちつく先の、今宵(こよい)の宿は那古井(なこい)の温泉場(おんせんば)だ。
ただ、物は見様(みよう)でどうでもなる。レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子に告げた言(ことば)に、あの鐘(かね)の音(おと)を聞け、鐘は一つだが、音はどうとも聞かれるとある。一人の男、一人の女も見様次第(みようしだい)でいかようとも見立てがつく。どうせ非人情をしに出掛けた旅だから、そのつもりで人間を見たら、浮世小路(うきよこうじ)の何軒目に狭苦しく暮した時とは違うだろう。よし全く人情を離れる事が出来んでも、せめて御能拝見(おのうはいけん)の時くらいは淡い心持ちにはなれそうなものだ。能にも人情はある。七騎落(しちきおち)でも、墨田川(すみだがわ)でも泣かぬとは保証が出来ん。しかしあれは情(じょう)三分芸(ぶげい)七分で見せるわざだ。我らが能から享(う)けるありがた味は下界の人情をよくそのままに写す手際(てぎわ)から出てくるのではない。そのままの上へ芸術という着物を何枚も着せて、世の中にあるまじき悠長(ゆうちょう)な振舞(ふるまい)をするからである。
しばらくこの旅中(りょちゅう)に起る出来事と、旅中に出逢(であ)う人間を能の仕組(しくみ)と能役者の所作(しょさ)に見立てたらどうだろう。まるで人情を棄(す)てる訳には行くまいが、根が詩的に出来た旅だから、非人情のやりついでに、なるべく節倹してそこまでは漕(こ)ぎつけたいものだ。南山(なんざん)や幽篁(ゆうこう)とは性(たち)の違ったものに相違ないし、また雲雀(ひばり)や菜の花といっしょにする事も出来まいが、なるべくこれに近づけて、近づけ得る限りは同じ観察点から人間を視(み)てみたい。芭蕉(ばしょう)と云う男は枕元(まくらもと)へ馬が尿(いばり)するのをさえ雅(が)な事と見立てて発句(ほっく)にした。余もこれから逢う人物を——百姓も、町人も、村役場の書記も、爺(じい)さんも婆(ばあ)さんも——ことごとく大自然の点景として描き出されたものと仮定して取こなして見よう。もっとも画中の人物と違って、彼らはおのがじし勝手な真似(まね)をするだろう。しかし普通の小説家のようにその勝手な真似の根本を探(さ)ぐって、心理作用に立ち入ったり、人事葛藤(じんじかっとう)の詮議立(せんぎだ)てをしては俗になる。動いても構わない。画中の人間が動くと見れば差(さ)し支(つかえ)ない。画中の人物はどう動いても平面以外に出られるものではない。平面以外に飛び出して、立方的に働くと思えばこそ、こっちと衝突したり、利害の交渉が起ったりして面倒になる。面倒になればなるほど美的に見ている訳(わけ)に行かなくなる。これから逢う人間には超然と遠き上から見物する気で、人情の電気がむやみに双方で起らないようにする。そうすれば相手がいくら働いても、こちらの懐(ふところ)には容易に飛び込めない訳だから、つまりは画(え)の前へ立って、画中の人物が画面の中(うち)をあちらこちらと騒ぎ廻るのを見るのと同じ訳になる。間(あいだ)三尺も隔(へだ)てていれば落ちついて見られる。あぶな気(げ)なしに見られる。言(ことば)を換(か)えて云えば、利害に気を奪われないから、全力を挙(あ)げて彼らの動作を芸術の方面から観察する事が出来る。余念もなく美か美でないかと鑒識(かんしき)する事が出来る。
ここまで決心をした時、空があやしくなって来た。煮え切れない雲が、頭の上へ靠垂(もた)れ懸(かか)っていたと思ったが、いつのまにか、崩(くず)れ出(だ)して、四方(しほう)はただ雲の海かと怪しまれる中から、しとしとと春の雨が降り出した。菜の花は疾(と)くに通り過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸が濃(こまや)かでほとんど霧を欺(あざむ)くくらいだから、隔(へだ)たりはどれほどかわからぬ。時々風が来て、高い雲を吹き払うとき、薄黒い山の背(せ)が右手に見える事がある。何でも谷一つ隔てて向うが脈の走っている所らしい。左はすぐ山の裾(すそ)と見える。深く罩(こ)める雨の奥から松らしいものが、ちょくちょく顔を出す。出すかと思うと、隠れる。雨が動くのか、木が動くのか、夢が動くのか、何となく不思議な心持ちだ。
路は存外(ぞんがい)広くなって、かつ平(たいら)だから、あるくに骨は折れんが、雨具の用意がないので急ぐ。帽子から雨垂(あまだ)れがぽたりぽたりと落つる頃、五六間先きから、鈴の音がして、黒い中から、馬子(まご)がふうとあらわれた。
「ここらに休む所はないかね」
「もう十五丁行くと茶屋がありますよ。だいぶ濡(ぬ)れたね」
まだ十五丁かと、振り向いているうちに、馬子の姿は影画(かげえ)のように雨につつまれて、またふうと消えた。
糠(ぬか)のように見えた粒は次第に太く長くなって、今は一筋(ひとすじ)ごとに風に捲(ま)かれる様(さま)までが目に入(い)る。羽織はとくに濡れ尽(つく)して肌着に浸(し)み込んだ水が、身体(からだ)の温度(ぬくもり)で生暖(なまあたたか)く感ぜられる。気持がわるいから、帽を傾けて、すたすた歩行(ある)く。
茫々(ぼうぼう)たる薄墨色(うすずみいろ)の世界を、幾条(いくじょう)の銀箭(ぎんせん)が斜(なな)めに走るなかを、ひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にも咏(よ)まれる。有体(ありてい)なる己(おの)れを忘れ尽(つく)して純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保(たも)つ。ただ降る雨の心苦しくて、踏む足の疲れたるを気に掛ける瞬間に、われはすでに詩中の人にもあらず、画裡(がり)の人にもあらず。依然として市井(しせい)の一豎子(じゅし)に過ぎぬ。雲煙飛動の趣(おもむき)も眼に入(い)らぬ。落花啼鳥(らっかていちょう)の情けも心に浮ばぬ。蕭々(しょうしょう)として独(ひと)り春山(しゅんざん)を行く吾(われ)の、いかに美しきかはなおさらに解(かい)せぬ。初めは帽を傾けて歩行(あるい)た。後(のち)にはただ足の甲(こう)のみを見詰めてあるいた。終りには肩をすぼめて、恐る恐る歩行た。雨は満目(まんもく)の樹梢(じゅしょう)を揺(うご)かして四方(しほう)より孤客(こかく)に逼(せま)る。非人情がちと強過ぎたようだ。
2009年9月3日木曜日
.PICAPIXELS / tumblr
犬「1.私の一生は10~15年くらいしかありません
ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです
私を家族に迎える前に、どうかそのことを考えて下さい
2.あなたが私に望むことを理解できるようになるまで、少し時間をください
3.私を信頼してください。 私にとって、それがいちばん大事なことなのです
4.私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい
貴方には仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう
でも...私には貴方だけしかいないのです
5.時々は私に話しかけてください。 あなたの言うことはわからなくても、
私に話しかけるあなたの声はわかるのです
6.あなたが私にどんな風に接しているか、私は決して忘れません
7.私を叩く前に思い出して下さい。
私には貴方の手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど
私は決して噛まないようにしていることを
8.私のことを言う事を聞かないだとか、頑固だとか、怠け者だとか叱る前に、
まずは自分に問い掛けてみてください。 きちんと食事を与えてましたか?
太陽の下に長く放置しておきませんでしたか?
もしかすると、年をとってどこか弱っているのかもしれません
9.私が年をとってもどうか世話をして下さい。貴方も同じように年をとるのです
10.最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送って下さい
「見ているのが辛いから」とか「私の居ないところで逝かせてあげて」
なんて言わないで欲しいのです。貴方が側にいてくれるだけで、
私にはどんなことでも安らかに受け入れられますそして......どうか忘れないで下さい
私が貴方を愛していることを…」
”
2009年9月2日水曜日
ムーンウォークのやり方がわかる動画 : ライフハッカー[日本版], 仕事も生活も上手くこなすライフハック情報満載のブログ・メディア
こんにちは。ココロ社です。
マイケル・ジャクソンさんが亡くなってからだいぶ経ちますが、心残りなのは、ムーンウォークを十分に体得できなかったことですよね(無理やり同意を求める)。
80年代半ばに中高生だった方は、クラスの人気者的な存在の男子が、休み時間にムーンウォークを披露し、女子から「スゴーイ!」と喝采を浴びていた記憶をお持ちかと思います。もちろん、あんまり人気者でない男子は家でMTVを録画したのを見ながらやってみたりもしたわけですが、どうもクラスの人気者がやっていたステップと違う感じにになってしまい、恥ずかしくて誰にも見せずじまいになってしまったはずですが...。
「さようならマイケル、さようならムーンウォーク」とあきらめかけていた方に朗報があります!5分間にわたって、ムーンウォークのステップをネットリと解説している動画がありますので、これを見て勉強していただければと思います。このサイトは、ブレイクダンスの学習DVDで、その一部としてムーンウォークの動画を載せているようですが、160万アクセスを超えていて大人気のようです。
「チキショー...俺もいつかは...」とクラスの端っこで歯ぎしりし、いつしかオッサンになってしまったあなた、積年の恨みを晴らすときがやってきましたぞ!!
靴の底がツルンツルンじゃないと結構難しそうな感じがしますが、これで体得できれば、同窓会で人気者になれること請け合いです!
(ココロ社)
画樂侘紀行 flotsam and jetsam: 家訓考
上杉謙信公家訓16ヶ条 「宝在心」
心に物なき時は、心広く體泰なり
心を見失わせるような物がない時は心が広々として、体がゆたかである 心に我儘なき時は、愛敬失わず
わがままに振舞うことがない時は、 全てを愛し、慈(いつく)しむことを 忘れないものだ心に慾なき時は、義理を行ふ
惜むようなことがない時は、 他人への義理や思いやりを 忘れないものだ 心に私なき時は、疑ふことなし
自分勝手な心がない時は物事に対しても疑うことはない 心に驕(おご)りなき時は、人を敬ふ
思いあがった心がない時は他人を尊び敬う気持ちになる心に誤(あやま)りなき時は、人を畏(おそ)れず
やましい心がない時は他人を恐れることがない 心に邪見なき時は、人を育つる
心に偏見がない時は人を立派に育てられる
心に貪(むさぼ)りなき時は、人に諂(へつら)うことなし
心に欲が深くない時は他人におべっかを使いへつらうこともない 心に怒りなき時は、言葉和かなり
心に怒りがない時は言葉は柔らかく和やかになる 心に堪忍ある時は、事を調ふ
心に耐え忍ぶ努力がある時は物事は順調にすすむ 心に曇りなき時は、心静かなり
心が曇りなく晴々とした時は、また心も穏やかである 心に勇ある時は、悔やむことなし
心に勇気がある時は後悔することはない 心賤(いや)しからざる時は、願い好まず
心が卑(いや)しくない時は無理な願いを好まず努力して掴める 心に孝行ある時は、忠節厚し
心から尽くそう心がける時は真に仕えようとする気持ちが深い 心に自慢なき時は、人の善を知り
心に自惚れ(うぬぼれ)がない時は、他人の優れた素晴らしさを知ることができる 心に迷なき時は、人を咎(とが)めず
心にしっかりとした信念がある時は他人を責めないものだ
徳川家康の家訓一、人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、必ず急ぐべからず。一、不自由を常と思えば不足なし一、心望み起こらば、困窮したる時を思ひ出すべし一、堪忍は無事長久の基一、怒りは敵と思え一、物好きは末に歎くことありと知れ一、勝つことばかり知りて負くることを知らねば、害その身に至る一、唯だ己を責めて人を責むるな一、何事も及ばざるは過ぎたるに勝れり伊達政宗の家訓一、仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂い(へつらい)となる。智に過ぐれば嘘を吐く。信に過ぐれば損をする。一、気ながく心おだやかにして、よろづに倹約を用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり。この世に客来たと思へば何の苦しみもなし。一、朝夕の食事はうまからずとも褒めて食うべし。元来客の身になれば好き嫌いは申されまじ。一、今日行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆の御暇(おいとま)申すがよい。岩崎家の家訓(三菱財閥を創設した人)一、小事に齷齪(あくせく)するものは大事ならず。宜しく大事業を経営するの方針を執るべし。二、一度着手した事業は必ず成功を期せよ三、決して投機的の事業は企つるなかれ四、国家的観念を以って総ての事業に当たれ五、奉国至誠の赤心は寸時も忘るべからず六、勤倹身を持し、慈恵人を持つべし七、能く人柄技能を鑑別し、適材適所に用いよ八、部下を優遇し、事業上の利益は成るべく多く彼等に分与すべし九、創業は大胆に、守成には小心なれ北条氏綱・五か条の訓戒一、将から侍にいたるまで義を重んじるべし。たとえ義に違(たが)って国を切り取れども、後世の恥辱を免れることなし 一、侍から農民にいたるまで、全てに慈しむべし一、驕(おご)らず、へつらわず、身の分限の守るを良しとすべし一、倹約に勤めて重視すべし一、勝利が続けば驕(おご)り生まれ、敵を侮(あなど)り、不行儀あり、注意すべし
[吉本興業の社訓]・幸せは自分でつかもう・いつも明るく元気よく。困ったときこそ笑顔をもとう・社員は会社の商品見本。よく寝てよく食べ良く笑おう・昨日まで何をしたかは結果論。今日何する?明日どこへいく?・大人の態度で子供の発想、好奇心に素直になろう・人と自分の良いところを探せ。お互いの笑顔はそこから生まれる・はっきりいおう、しっかり聞こう。それが本当のチームワーク・正しい道筋がよい結果を生む。仕事の構造をしっかり理解しよう・行動だけが情熱を表現する。君は自分をプロデュースしているか?・社会のルールが仕事の基本。君は吉本以外でも働けるか?・楽しんで仕事ができてこそのプロ。君は仕事を面白くしているか?・修羅場で君は光っているか?君の価値はここで決まる [電通の社訓]一、 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。二、 仕事とは、先手先手と働きかけていくことで、受け身でやるものではない。三、 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。四、 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。五、 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。六、 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。七、 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。八、 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。九、 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。十、 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる [鹿島建設の社訓]-鹿島守之助の事業成功の秘訣20箇条-「旧来の方法が一番いい」という考えを捨てよ 絶えず改良を試みよ。「出来ない」と云わずにやってみよ 有能なる指導者を作れ ひとを作らぬ事業は亡ぶ 「どうなるか」を研究せよ 本を読む時間をもて 給料は高くせよ よく働かせる人たれ 賞罰を明らかにせよ なるべく機械を使うこと 部下の協力一致を計れ 事業は大きさよりも釣合が肝心 何よりもまず計画 新しい考え、新しい方法の採用を怠るな 一人よがりは事を損ず イエス・マンに取り巻かるるなかれ 欠陥は改良せよ 人を怨まず突進せよ ムダを見つける目を開け 仕事を道楽にせよ投稿者 神木慧仁
ラベル: 家訓考