2009年9月15日火曜日

女性歴史文化研究所

西山哲郎/中京大学社会学部助教授

 「あの子はテストで私よりいい点をとったけど男好きなのよ」
ヴォーゲル『女の子はいつも秘密語でしゃべってる』(草思社)88頁

 少し前の流行語に「濡れ落ち葉族」というものがある。会社を定年した後に、それまで培った社会関係をすべて失って、妻の行くところならどこでもついてくる鬱陶しい男性を表現する言葉として、それは痛烈なインパクトをもっていた。
世の少なからぬ男性が定年後に「濡れ落ち葉族」へ転落する要因は、その壮年期に、積み上げた業績や社会的地位をベースにした人間関係しか顧みず、仕事を離れたプライベートな世界をなおざりにしていたことにある。そういう男性に対して、家族・親族とのふれあいや近所づきあいといった、いわゆる「女子どもの世界」に積極的に参加するよう説く男性学の主張には、疑いようもなく正当な根拠があるだろう。
 こうした男同士の人間関係の病理については、ここ二十年ほどの間に研究がずいぶん蓄積されてきた。その中の一人、イヴ・セジウィックによれば、近代の男性の絆は[その見かけとは違って]実際は同性だけで構成されている訳ではないという。もし男性が純粋に同性だけで絆を結んだとしたら、それはちょうど戦国時代の武将と小姓の間に見られたようなホモセクシュアルな関係になってしまうだろう。近代においては、例えば軍隊のような男らしい男同士の関係ほどホモセクシュアルはタブーとなり、むしろ異性愛が強制されることになる。そこでの絆は女性を欲望の対象として共有することで《間接的に》形成されるのであって、異性を想像の上で[例えば猥談の中で]、あるいは現実に[婚姻やスワッピングを通じて]交換することで強化されるのである。
 セジウィックによれば、男性がつくるこうしたいびつな社会関係[ホモ・ソーシャルな人間関係]の中で女性はしばしば犠牲者となるものの、女性同士が結ぶ人間関係自体は上記の病理を免れているという。確かに女性同士の友情においては、ホモセクシュアルをタブー視するために互いの触れあいを避けることや、友人の助けが切実に必要な時にプライドから言い出せないことはまれであろう。実際、男性が「濡れ落ち葉族」になりがちな年齢層のことを考えれば、女性の関係性の豊かさには目を見張るほどの違いがある。まさに「男よ、男らしさの鎧を脱げ!」である。
 ところで、こうしてセジウィックの男性批判が肯定されたとしても、そして互いをサポートしあえる女性同士の関係の豊かさが真実であるとしても、後者の関係に別の病理が潜んでいないとはいえない。最近出版されたレイチェル・シモンズの著書『女の子どうしって、ややこしい!』には、[特に思春期の少女間に顕著に見られる]女性固有の関係性の病理が克明に描かれている。
 シモンズによれば、女性は[男性が今も縛りつけられている]地位や業績の世界から長年排除されてきたために、他人との関係を操作することによって自分の存在を維持してきた。その世界では、[男たちのように]他人より優ることではなく、他人を理解し、親密な関係を築くことが生活の第一目標となる。容姿が優れていたり、成績が良かったりすることは、より広く、親密な関係を他人と結ぶ上で役には立つが、あまりやりすぎてはいけない。過度の美点はいつ他人のねたみを招くかもしれない爆薬であって、適切なタイミングで適切な分量を使用するにはいいが、使い方を間違えると友人同士のネットワークから自らが吹き飛ばされる危険性もはらんでいる。
 冒頭に引用した台詞は、「カンペキすぎる」女の子に対する同性の排除がどのように行われるかを示す典型であるが、そこでなによりも非難されるのは「男好き」であることだ。フェミニズムが普及した今もなお地位ある男性との関係が重要な女性の世界において、互いの親密さをおろそかにして男性の好意を得ようとすることぐらい罪深いものはない。たとえどんなに一途な恋でも、同性の皆に祝福されるよう根回しを済ませてからアプローチするのでなければ、そこには不道徳が存在するのであって、結局その当事者は「男好き」と呼ばれても仕方がないのである。
 こういう女性同士のホモソーシャルな病理においてなによりも問題なのは、それがなかなか顕在化しないことにあるとシモンズは言う。「感じの良い子」であることが至上目的である世界では他人への攻撃はしばしば間接的で、好意に偽装されたものになる。攻撃を受ける側でも、相手の気持ちを理解しようとするあまりに相手の悪意を好意と誤認することがある。さらに他人の感情を理解するよう修練してきた女性同士の間では、攻撃は物理的なものではなく、[以前の親密な関係から知り得た]相手の感情の中核を破壊するものになる場合すらある。こうした状況を考えると、男性に限らず女性にとってもホモソーシャルな病理を理解し、そこから抜け出すことは、真にジェンダーフリーな社会を実現するのに不可欠なことではないだろうか。

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