テレビ番組『その時、歴史が動いた』より幕末を生きた志士、吉田松陰(1830年8月4日〜1859年10月27日 享年30歳)の残した言葉を紹介しているワンシーン。
吉田松陰は、長州藩士であり、明治維新の事実上の精神的指導者・理論者でもあったわけで、30年という短い生涯ながらも、ひたむきな行動力と情熱で、多くの人たちの心を揺り動かし影響を与えました。後に維新の立役者となっていく、木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、前原一誠などに叔父から引き継いだ、松下村塾で数々の教えを説いていったのです。
雑学 Part2 | 吉田松陰の「人と異なることを恐れるな」
【NHK「その時歴史が動いた」の名言ベスト20】
1位 高杉晋作
「おもしろきこともなき世をおもしろく…」
(おもしろくするのもしないのも、すべて自分次第だよ)
2位 諸葛孔明
「学問は静から 才能は学から生まれる 学ぶことで才能は開花する 志がなければ学問の完成はない」
3位 山本五十六
「百年兵を養うはただ平和を守るためである」
4位 坂本竜馬
「日本を今一度せんたくいたし申候」
5位 大和の海軍士官
「日本は進歩ということを軽んじすぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって真の進歩を忘れていた 敗れて目覚める それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」
6位 織田信長
「是非に及ばず」
7位 杉原千畝
「私のしたことは外交官としては間違ったことだったかもしれない しかし 私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった 大したことをしたわけではない 当然のことをしただけです」
8位 石田三成
「筑摩江や 芦間に灯すかがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
9位 武田信玄
「上杉謙信とは和議を結ぶように謙信は男らしい武将であるから 頼ってゆけば若いお前を苦しめるような行いはすまい 私は最後まで謙信に頼るとは言い出せなかった お前は必ず謙信を頼りとするがよい 上杉謙信はそのように評価してよい男である」
10位 白洲次郎
「われわれは戦争に負けたのであって奴隷になったわけではない」
11位 上杉鷹山
「成せば成る 成さねば成らぬ何事も 成らぬは人の成さぬなりけり」
12位 近藤勇
「孤軍たすけ絶えて俘囚(ふしゅう)となる 顧みて君恩(くんおん)をおもえば涙更に流る 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所 快く受けん電光三尺の剣 只将(ただまさ)に一死君恩に報いん」
13位 柳生宗矩
「こうしようと一筋に思う心こそ人が誰しも抱える病である この病を必ず治そうというこだわりもまた病である 自然体でいること それが剣の道にかなう本当にこの病を治すということなのである」
14位 劉玄徳
「大事をなすにはなによりも人をもって本(もと)となす 今 自分をしたってきてくれている人々をむざむざと見捨てて行けるか」
15位 黒田官兵衛
「我 人に媚びず 富貴(ふうき)を望まず」
16位 藤堂高虎
「寝室を出るときから今日は死ぬ番であると心に決めなさい その覚悟があればものに動ずることがない」
17位 中岡慎太郎
「志とは 目先の貴賤で動かされるようなものではない 今 賤しいと思えるものが明日は貴いかもしれない 君子となるか小人となるかは家柄の中にはない 君 自らの中にあるのだ」
18位 徳川家康
「三河武士は宝を持ちません しかし あえて宝といえば 私に命を預けてくれる五百騎の武士(もののふ)たちでありましょう」
19位 吉田松陰
「死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし 生きて大業(たいぎょう)の見込みあらばいつでも生くべし」
20位 天草四郎
「いま籠城している者たちは来世まで友になる」
幕末〜明治維新の群像
via zaeega.com
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